写真

行きつけのブログ先の記事を見てですが。

デジカメを初めて買って、ブログを始めて驚いた事。
デジカメで撮ったDATAをブログに貼り付けて、インターネットの中ではこれを「写真」と呼ぶ。
どうして???

フィルムが長かった私は、プリントしたものが「写真」。
パソコンのモニターに映し出されるものを「画像」。
今でもそう思っています。

私は写真が好きです。要するにプリントされたもの。
家族を撮ったのや趣味で撮ったのは出来るだけプリントするようにしています。
その中でも、思った以上に撮れた写真は、大伸ばしにプリントして額に入れて部屋に飾っています。
家族の写真はアルバムに入れて、ふぅっと思った時に取り出して、家族みんなでアルバムを囲み、子供達の小さい時の話をしたり、面白い写真を指差してみんなで大笑いしたり。
これが、私の写真の楽しみ方なのですが。

電気がなければ見れないのは、写真とは呼べない様な・・・。

中国に来て、色んな方を撮る事があるのですが、プリントをして渡すと、とっても喜んでもらえます。
やっぱり写真はプリントをして完成されるものと。
かつて、このブログでも同じ「写真」というタイトルで私が戸惑った表現をしている記事があります。

ネット上では「画像」とは呼ばず「写真」と呼ぶのが一般的なので、後から出てきた者ですから、習って「写真」と言っていますが。

どうなんでしょう?
私の考えはおかしいですか?
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by lin-kichiji | 2007-04-06 00:20 | CAMERA | Comments(14)
Commented by Capucci-mm at 2007-04-06 08:02
確かに私もモニターのは写真って言ってないですね?
なぜだかわかりませんけど(^^ゞ
Commented by ヨッシャー at 2007-04-06 18:48 x
大辞林 第二版 (三省堂)にて意味を調べてみました。
しゃしん 【写真】
(1)光学的方法で感光材料面に写しとった物体の映像。一般には物体からの光を写真レンズで集めてフィルム・乾板などに結像させ、これを現像液で処理して陰画とし、印画紙などに焼き付けて陽画を作る。日本では1857年に島津斉彬を撮影したのが最初といわれる。
(2)絵画・小説などで事物のありのままを写しとること。写生。写実。
「しかるをしひて―を旨として…専ら真物(まもの)の情態をばただありのままに演出せば/小説神髄(逍遥)」
(3)〔「活動写真」の略〕映画。

がぞう ぐわざう 【画像】
(1)絵に描かれた姿・かたち。
(2)テレビジョン・スクリーン・感光紙などにうつし出された映像。
「鮮明な―」

と言うわけで、厳密に言うとネット上は「画像」のようですね!
慣習となっているのかな?スライド感覚(ポジ)なのかなァ~
それはさておき、これからもいろんな写真?!を紹介してください!!
Commented by lin-kichiji at 2007-04-06 22:41
カプチさん。
ネット上での会話になると、「この写真・・・」「すごい写真・・・」「いい写真・・・」などなど。やっぱり会話にすると、「写真」と言う言葉は使わなければならなく訳で。
Commented by lin-kichiji at 2007-04-06 22:42
ヨッシャーさん。
わざわざ大辞林で調べ頂いて有難うございます。
基本的には、私の考えは間違っていないのかな。

ところで、残業中の書き込み???
Commented by ヨッシャー at 2007-04-08 12:29 x
退社前にチョット (^_^;)
Commented by lin-kichiji at 2007-04-09 01:12
早く帰んないと怒れるよ。
Commented by hunau at 2007-04-11 19:23
個人的な見解ですが、「人が見れる状態になっているモノ」が「写真」と解釈しています。

昔は、フィルムいまはデジタルで電子データ。
レンズを通して、暗室となっている箱の中で、結像した「絵」を記録する
ことは、基本的にフィルムもデジタルも同じと考えてのことですが、
ネガやポジの場合は、プリントすることで誰もが目にすることが出来る
「写真」となり、デジタルの場合は、プリントしたものもディスプレー上
でも、見ることができる状態になっているなら「写真」だと思うのです。

私も圧倒的にフィルム時代が長かったわけですが、あまり違和感は
ありません・・・
Commented by lin-kichiji at 2007-04-12 01:03
多媒体になった現代。“写真”表現が広がり、
「人が見れる状態になっているモノ」が「写真」。
そうと言えるかも知れませんね。

ただ、一番引っかかっているのがカメラ。ここからちょっと話がそれますが。
カメラ=写真機 もう写真機なんて言わないですけどね。
写真機と呼ばれるものは、写真を撮る事が出来る機械なんですね。
デイスプレー上で大勢の方が見る事が出来る状態にしてしまえば、写真機の役目は達成されている訳ですね。
でも、写真機は、プリントする事を前提に作られていると思っている訳ですよ。
デジタル写真機が普及した現代。35mmフィルム以上に大きくプリント出来る能力を備えた写真機が出てますよね。 技術の進歩により。
しかしながら、ネット上に載せるため圧縮する。ここで止まってしまうと写真機本来の能力は発揮出来ていないのではないかと。(当然、元DATAを圧縮するわけではないですが。)
と言っても、サービスサイズや2L程度のプリントであれば、ネット上に載せる程度のDATAの大きさとそう変わりがないのですが。
↓に続きます。
Commented by lin-kichiji at 2007-04-12 01:09
完全にデジタル時代に突入して、デジタルカメラが高機能化している訳ですが、そのカメラが作ったDATAがプリントされる事が極端に少なくなったのではないかと。実際、私のカメラもですが。
もし、そのカメラが作ったDATAが、カメラの一生の中で一枚のプリントもされないのであれば、ちょっと悲しいような。“写真機”と生まれながら。

長々と書いてしまいましたが、hunauさんのお仕事はまさにネット社会が要求した仕事と承知しています。
もし、このコメントで機嫌が損なわれる事があれば、お詫び申し上げます。
私個人の意見ですので、流しといてください。

しかし、日本のプリントの価格は非常に高いですよね。
正直、写真をプリントとして楽しむ。以外と贅沢なのかも知れません。
Commented by hunau at 2007-04-12 05:21
たまたま、私の場合ネット関係の仕事となっていますが、実際にネットほど「かすみ」のような実体のよくわからない存在でありながら、非常に鋭利な凶器のようなモノだったり、方舟のような存在になったり、不思議な世界を広がらせているモノだと思います。

便利な道具は二面性を持っていることがある。ネットもこれにあてはなるのでしょうね。

話が写真からそれてしまいましたが・・・

でも、変な話ですが、プリントが最終到達点だという私の考え方には、こんな部分もあります、プリントした写真はプレゼントすると、それはもらった人にとっては、見ること、所有すること、飾ることなどで完結するでしょう・・・たぶん。

しかし、CDやDVDに入れてデータでプレゼントした場合には、それは次にどんな形で姿を表すか、作者として管理、把握しきれないものでもあります。

だから、プリントはやはり写真の最終到達点なのかなと・・・おもったりします。
Commented by lin-kichiji at 2007-04-12 22:47
プリントした写真をプレゼントすると、貰った方で何らかの形で写真自信は完結でしょう。
でも、人間関係としては、また新たな関係の始まりとではないでしょうか?
それを一番感じてらっしゃるのは、hunauさんご自信ではないでしょうか。

私自身、このインターネットと言うツールで、色んな方とお知り合いになる事が出来て非常に嬉しく思っています。
道具は良く理解して、正しく使う事ですよね!
Commented by hunau at 2007-04-13 01:44
ちょっと、舌足らずな表現でした・・・・反省。
プリントが完成品ということを強調したかったのです。
プリントしてプレゼントするというのは、本当に私の中では最終段階なの
です。だから、なかなか自分のイメージした通りにプリントできないとプレ
ゼンとするのをためらってしまいます。

そのプリントを渡したということは、私の作品として完成品を渡したという
ことで、それを見た人の反応は私の作品に対しての反応であるわけですよね。

対して、CD-RやDVDに入れて渡した場合は、モニターで見るかそれを
プリントするとか後作業が残っているわけで、その場合、綺麗にプリント
できなくても、それは私のせいじゃないもん~って・・・言い訳もありかな。

プリントを渡して、それをその人が見た時の表情って気になりますよねぇ。
Commented by lin-kichiji at 2007-04-13 23:46
いやいや、hunauさんの舌は十分足りてるのですよ!
私のレスがとってもおかしいだけでして。こちらこそ反省です。
hunauさんの意思は十分に伝わっていますので。

絞りそしてシャッタースピードを駆使しそしていろんな構図を考え、自分のイメージを求めシャッターを切る。
撮ったモノを写真とするまでに、ちょっとばかり塩加減をして、恥ずかしくない、いや見て頂いた人が感動して頂く為に一枚の写真に仕上げてゆくのではないのでしょうか?
人に見て頂いた時に、いい表情をして頂いた時には、こちらも嬉しくなり、厳しい顔をされると、何処がダメだったかな?なんて不安になったり。
一番嫌なのは、無表情でその人の目が素通りする時ですね。
見る人が悪いのではなく、私の写真に力がなかったと反省したり。
↓に続く。

Commented by lin-kichiji at 2007-04-13 23:47
CDやDVDと言う媒体に苦労して撮ったモノを入れて渡すのは、ちょっとと思う事があるのですよ。使用目的がはっきりしていればいいのですが。
何か、軽い存在になってしまって、どなたかが一回見終わり「もう一度・・・」なんて思いにならなければ、机の引き出しの肥やしにしかならない可能性十分。<特に私のモノは。
サンプル的扱いと割り切れればそれでいいと思いますが。
写真と言う意味で、自分の手元から離れて行くのは嫌ですね。

やっぱりそう言った意味でも、「写真はプリント!」で完成されるのですよ!
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